Sweet glow 2
「しかしまあ、あの一年スゴイやね〜」
クラブハウスで着替えをしながら、菊丸がため息混じりに感嘆の声をあげていた。
「竜崎先生肝いりの新入生だからな。」
乾がデータノートを取り出して見つめる。
「何でもずっとアメリカにいて最近帰国したばかりだそうだが。」
「アメリカ、ねぇ。スケールでか!」
菊丸が軽く口笛を吹き鳴らし、首裏で腕を組む。
「どおりで他のコ達とどっか違うわけだ。・・・ところでさぁ、不二。」
「うん?」
「お前、あの一年の事知ってるの?」
「え?」
いきなりの菊丸の質問に不二は軽く目を見張る。
「だってあのコ、不二見てえらく驚いてたように見えたよ?」
「・・・残念ながらあのコの事は何も知らないよ。」
ややあって静かに答える不二に菊丸は首をひねった。
「ふむ。じゃあ気のせいかな?」
ちらりと不二を横目で見て軽くため息をついた菊丸は、そのまま腕を組んで天井を仰ぎ、何事かを考えているようだ。
「わーかった、何であのコが不二見て驚いたか!」
その言葉に不二が思わず菊丸を振り返る。
「何で男子テニス部に女子がいるかって思ったとかね〜」
「・・・・・」
「わ、怒ってる怒ってる。」
顔を引き締め、自分をじろりと睨んだ不二に菊丸が軽く飛び下がり、拝むように片手を立てる。
「冗談、冗談だってばさ、不二。」
「今のは冗談に聞こえんな。」
「乾!火に油を注ぐな!」
そんな仲間のやり取りを、内心でちょっとほっとしながら不二は苦笑する。
“やっぱり英二は鋭いなぁ・・・”
菊丸の言葉に不二は内心ひやりとしていた。
・・・確かに籠にスマッシュを叩き込んだ後、振り返ったあのコは驚いたようにこちらを見ていた。
でもそれは多分、自分があのコを凝視していたから。・・・驚きの表情をして。
背を向けていたので菊丸達にはわからなかったろうが、あのコを見た時の自分は激しく動揺していたのだ。
信じられない思いでいっぱいになって。
あれは2年程前になるだろうか。
まだ自分が中学に上がる前の春休み。休みを利用してよく弟と行っていた運動場にその子はいた。
初めて見る顔で、とても小さい可愛らしい子。弟よりも年は下だろう。
“きっとテニスに憧れているんだろうな。”
弟との練習試合を見つめるその子をそう踏んで。
しかし、それは大きな疑問へと変化する。
この子、ただの子じゃない。
そしてほどなく気付く。
球の動きを目で追っているのではなく、試合そのものの流れを見ている。
自分がどんな技を使い、相手を動かしているのかを見ているのだと。
それはまるで自分の能力を測りに来る、自分より年上の子や大人がしているような視線。
見られることに慣れてはいたが、その時ばかりは戦慄にも似た緊張が全身を包んだ・・・
・・・初めて正面切ってその子を見た時、その瞳の力強さ、雰囲気、その圧倒的な存在感に目を見張った。まるで真夏の太陽のような眩しさと力強さを感じ、目の眩むような思いに捕らわれた。
そんな気持ちを悟られまいと努めて冷静を装いながら、自分はその幼い少年からなかなか目を離す事ができなかった・・・
「また、会えるかな?」
思わずそう言ってしまった後、その言葉を後悔する。
会ったばかりの、名前も知らない人間からそんな事を言われるなんてきっと敬遠されるだろう。
でもそう言った時、その子は軽く頷いたように見えた。
・・・それは今思えば、頷いたのは目の錯覚だったかもしれない。
それ以来、その子に会うことはなかったのだから。
中学に上がって部活が忙しくなり、1年にしてレギュラーに選ばれた日を最後に自分はこの運動場に来て少年の姿を捜すのを止め、ひとつの思いを固めた。
強くありさえすればきっとどこかで会える。きっと。
その子の名前も、プレイさえも知らなかったけれど。きっと・・・
“あの時の・・・コだ・・・”
彼を見た時、瞬時にそのときの記憶が蘇った。
そして初めて出会った時と同じように目の眩むような思いが全身を駆け巡る。
信じられない、という思いと共に・・・